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夢の底に沈んだ記憶
 自分を包むのが、氷の繭だという事に気付いていた。
 長い銀の髪を周囲に散らしながら、繭の中に膝を抱えた姿勢で浮かんでいる。
 なんの不安もない。
 硬い氷も、決して自分を傷つけないということを知っている。
 自分が氷と…いや、その基本となる水と同じ属性をもつものだということ。
 一般的に水の精霊と呼ばれる存在であることを、既に私は知っていた。




 それはまだ私がこの世に生まれ出る前。
 極寒の大地の底。氷ばかりの空間。
 私はそこで造られ…そこで生まれるために眠り続けていた。

 長い眠りの期間。
 けれどやがてその眠りも醒めときが来る。

 これはその直前の出来事。
 確かに見た夢。
 けれど…記憶から消え去った夢…。

 繭の中、夢を見る。
 私は見知らぬエルフと共にいた。
 見知らぬ…そう、そのはずなのだ。
 高い位置で結んだ、波打つ長い髪が印象的な女性。
 自分はこのエルフを知らない。

 なのに…確かに見たことなどないのに。
 …知っているような気がするのは、何故だろう。

 彼女は何も言わず、ただ静かに私を見つめていた。
 悲しそうにも、嬉しそうにも見える、複雑な光をたたえた瞳で。

『何故そんな目で私を見るの』

 言葉は音にならなかった。
 けれど、そのエルフは理解したのだろうか。そっと両手を伸ばし、私を抱きしめた。

「ごめんね」

 返されたのは答えではなく、謝罪だった。
 戸惑い、どう反応すればいいのかわからない。
 何故この人は謝罪などするのだろう。
 心当たりは全くないのに…。

「まさかこんなことになるとは思ってなかったの。ごめんね。彼を許してあげてね」

 彼女が言葉を重ねるごとに、私の戸惑いは深くなる。
 何を言ってるのか、本当に理解ができないのだ。
 こんなこと?
 彼を許す?
 それはいったい何のことなのか。

「ごめんね。あなたは苦しむかもしれない。それでも私は…」

 抱きしめる彼女の腕に力が篭った。
 私にはやはり、その言葉の意味は理解できないままだったけど…。
 …何だろう、目が熱い。
 景色がぼやける。

「あなたが…あなたが存在することが…嬉しいの」

 この感情は何だろう。
 目が熱い。
 何故こんな…。

 不意に頬が濡れた。
 ……涙?
 理由などないというのに…なぜ私は……。

「あなたはもうすぐこの繭を出る。もう二度と会うことはできない。…ここでの記憶も消えるわ」

 そう、私ははもうすぐこの繭を出る。
 出なくてはいけないことが自分にもわかっていた。
 なのに。

『嫌だ…』

 不可解なまま。
 それでも感情に押され、言葉が滑り出た。

『忘れたくない』

 この繭を出なくてはいけないことは、わかっている。
 それでも。

 忘れたくない。
 いいや違う。自分は彼女と離れたくないのだ。

 ……そして。
 私は唐突に理解する。
 このエルフは、自分の…。

「ごめんね。あなたはもう、命の炎を灯している…。消えてしまった私とは違うのよ」

 一緒にいてあげられなくて、ごめんね。
 言葉にならないコトバを、聞いた気がした。
 
 エルフは私の核となった存在。
 彼女の一部が、確かに私のこの身で息づいているのだ。

 生物的には無関係ではあるけれど、
 存在という意味では、母と呼べたかもしれない、ただ一人の存在…。

「ごめんね。きっとあなたは、生まれてすぐ一人になってしまう。彼ももう力を使い果たしてるの。これ以上は留まれないから…」

 それは残酷な事実。
 一人で生きていけるだけの体と知識を、男は私に与えていたけれど。
 それだけでいいなどと、誰が言えるだろう。
 頼る親がいなくとも、一人で生きていかなければいけないのだという、事実。
 それをエルフは、苦しそうに口にする。

「私も彼も、あなたを愛している。けれどあなたは自分で新しい家族を見つけてね。あなたの未来が愛に包まれていることを、心から祈っているわ」

 そう言って、彼女は私からそっと離れる。
 もう時間なのだということは、私にもわかっていた。

 繭から、出なくてはいけない。

 ここから出た瞬間、この邂逅も記憶から消える。
 真っ白な状態で外へ出ることになる。
 そしてもう二度と会うこともない……。

『母さん!』

 感情のままに叫ぶ私に、彼女は驚きに目を見張る。
 まさかそう呼ばれるとは思っていなかったのかもしれない。
 透明な滴が、彼女の瞳に浮かぶ。
 鮮やかな真紅の瞳が潤む。

『…私、混乱してて…なんだか心ん中ごちゃごちゃしてるけど!』

 このままでは…このまま離れては…いけない、と思った。
 伝えなきゃ。
 自分の思いを、彼女に。

 私は今度は自分から、彼女に抱きつく。
 強く、感情のままに。
 背丈も…外見的な年齢もほとんど変わらない。
 親子というには、似ていない二人。
 血は繋がっていない。
 彼女に育てられたわけでもない。
 それでもやはりこの人は、自分の母親なのだと思った。

『……私も母さんのことが好きだよ。ここを出たら私は忘れてしまうけれど…代わりに母さんが覚えてて。私が母さんを愛してることを』

 彼女が自分を愛してくれていることが伝わる。
 そんな彼女に、自分も素直に愛を返せる。

 彼女は私に罪悪感を抱いている。
 愛情に溢れているのに妙な距離を感じるのは、多分私に拒絶される可能性を恐れているからだ。
 不自然な誕生をする私に、恨まれても仕方ないと思っているのだ。

 それがわかるから、ちゃんと伝えたかった。
 心配する必要などないのだと。

「ありがとう…もう思い残すことは何もないわ…」

 柔らかなその声を聞いて、私は彼女から離れた。
 彼女は軽く私の背を押す。

「さぁ、もう行きなさい。あなたの世界は夢の中じゃない。繭から出なさい」

 その優しい声音に、私は頷く。
 もう会えない。
 この記憶も消える。
 泣きたいほどに寂しいけれど…。

 それでも。

『行きます』

 顔を上げて、私は宣言する。
 この身にはすでに、命の炎が灯っている。
 彼女と…まだ見ぬ男の力が、自分を創ったのだから。

 ならば自分は生きなければならない。

 苦しいことも多いだろう。
 悩むことも多いだろう。
 それでも、生まれなければならない。

『いつか…この命が尽きるまで。……お別れです、母さん』

 生と死の境目。
 この夢の世界から。

 今…私は歩き出す。
 与えられた命を輝かせるために……。

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名前:レイ・フェイク
誕生日:08/12/01
HP:水夢 -水の見る夢-
足跡:
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-NPC-
うさぎ:ライラ、リナ、ルナ、レナ、ロビン
保護者:ロスト
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活動範囲が被る人優先。
即決はあまりないけど、まずは気軽に声かけて下さいね。
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