大切だから 2/2

「まずは完治を目指す。少々の無理をしてもいいのはそれからです」

そう言い切ったレイに、東雲は苦笑を返す。

「努力しよう」

これ以上うるさく言われては困ると思ったのか、それともレイの気持ちがきちんと伝わったのかはわからないが、実際に彼は努力し続けてくれている。
時折、なかなか寝付けないと笑われはするが、遅くまで起きているところは見ていない。

精神的につらい思いはさせてないかと心配はある。
これで正しいのかと自問することもある。

でも、他にどうしたらいいかわからないまま毎日を繰り返すうちに、彼が言った。

「だいぶ伸びたな」

振り向いたレイの視線の先で、東雲は自らの頭頂部に触れ、その長さを確認していた。
前まできれいに剃っていた月代が、今は髪に隠れてしまっている。
そういえば、起き上がれるほど回復してからも剃っていなかったようだが。

「これを機に伸ばすつもりですか？」

くすくすと笑いながら声をかける。
冗談のつもりだった。
けれど。

「そうするよ」

迷いもない答えが返ってきた。
驚いたのはレイのほうだ。

（もしかして…ううん、深い意味があるかどうかは）

そう、髪を伸ばそうと言っただけ。
単なる心境の変化かもしれない。

（でも…もしかしたら…）

ふと、考える。
何気ない日常、その中で。

（私だけじゃなく、東雲さんも？）

気にしていたのか。
ただ、同じでありたいと。

それは、今までの自分とは変わること。
別に生き、それぞれずっと自分のスタイルを維持していた二人。
不都合など何もなく、わざわざ自分を変えようなどと思ったことはない。
今までは。

けれどレイは今、東雲と同じでありたいと思っている。
いや、少し違うか。
ごく自然に、彼の色に染まりたいと思っているのだ。

（東雲さんと付き合うようになってから、物を選ぶ基準が少し変わったわ）

綺麗なもの、かわいいものが好きだったのは昔からだが。
その中でも和風のものには特に目が行くようになった。
同じテーマならば、洋風より和風を選ぶ確率が高くなったと思う。
顕著なのは服装か。

以前、茶室で友人たちと話していた内容を思い出す。
あれは夏のことだ。
仕立てのことで盛り上がり、浴衣の話になったことがあった。
あの時のレイは、「着てみたいが、こんな薄い色彩の自分には似合わないだろう」と、あきらめ混じりに語ったものだった。
そんなことはないと言ってくれたのは、紫の少女。
黒の美女と一緒になって、「浴衣の色や模様しだいでは似合うはずだ」と、あれこれ提案してくれたものだが……。
それでも手が出せなかった和装。

それを、普段着とは行かなくとも、事あるごとに着込むようになった。
明らかに恋人からの影響で。

つまりは、それと同じように。

（東雲さんも…）

レイと東雲は、友人としての付き合いのほうが長い。
だからこそ、お互いのことをそれなりに理解しあえていると思う。
レイは彼が自分のスタイルを変えようとしたところを見たことはない。
それだけ、大切にしているものがあるのだろう。

けれど……。
そう、付き合い始めてからしばらくして、交わされた言葉を思い出す。
友人たちとの会話の中、何度かある話題が持ち上がって。

そういえばあの時も髪を伸ばそうかといっていた。
……その、理由は……。

（えっ！？　で、でも……）

月代で洋装は無理だからと話していた。
確かにそれは、酷くバランスの悪い組み合わせだ。
だから伸ばそうかと…そう言ったことが、確かにあった。
今また、伸ばそうかと言い出したのは…どこかでずっと、その時期を探してた？

（だとしたら）

多分それはまだ先のこと。けれどいつか来るだろうと期待する未来。
待ち望みつつも急ぐことはない幸福。
その鍵は相手に任せているけれど……。

それは今でもごくたまに出る話題。
ひとつの幸せの形。

（あの日に髪を伸ばすといった、その理由は……）

『女性だしね。ドレスを着せてあげたい』

細かいところまではよく覚えてはいないが、記憶に間違いがなければ、そんな内容のことを言っていたと思う。

（……………）

その時は、話題が話題だった。
だから、その意図を読み違えることはなかったけど。
今回はどうなのだろう。
あまりにもさらりと出された言葉。
そこに何か意味があるのか。
あるとしたら、『どこまで』含まれているのか。

その辺のことを、問い質したい。聞き出したい。

けれど、口にしてしまったら……。
その結果の負担と、自分の気持ちを考える。
そして結局口をつぐんだ。

今は、体を治してもらうことに専念しよう。
まずは、そこからだ……。
回復しても、ときおり寝込む状況は変わらない。

無理をさせないこと。
それが第一なのだろう。