小さな約束

覚えていてね
想い出してね
さくらの花の咲くころに

花見をしようと、約束してから1ヶ月。
もう、桜は満開だ。

今、女がいる空間も桜色に染まっていた。
自分の空間と、オリジナルの世界とを繋げたから。
花霞を作り出すこの花は、特別な意味とともに心に刷り込まれている。

過去の約束。
そして新しい約束。
それはこの花の開花と共に心を占めるもの。

「なんだ、まだみんな集まってないの？」

ふいにかけられた声に振り返れば、黒髪の少年が立っていた。
年のころは18くらいだろうか。
外見だけならばレイと同年代だ。

「ああ、透か。君が一番乗りだよ」
「なんだよなー、人のこと呼び出しておいて、あのおっさんは遅刻かよ」

ぶつくさと一通りの文句を並べ立て、透と呼ばれた少年は、手にしていたものを女に差し出す。

「おっさんって、ロストのこと？　……そりゃ、年齢はずっと上だろうけど、あの見た目でそういわれるとかわいそうだな」

苦笑しながら受け取ったものは、ラベルに桜の文字が躍るリキュールだった。
桜を見ながら飲むにはちょうどいいだろう。

「おっさんで充分だろ？　俺の15倍近く生きてるんだから。じいさんと呼ばれないだけありがたいと、…てぇっ」

最後は悲鳴に近かった。
徹は痛そうに顔をしかめ、殴られた頭を抑えて後ろを振り返る。

「おっさん？　じいさんだと？　　怖いもの知らずもいたものだな」

そこには迫力ある笑顔を浮かべたロスト立っていた。
この空間への一番の常連である彼の後ろには、数人の男女。

「ガキっぽいことしてんじゃねーよ、ったく。……久しぶりだな」

ロストの手を振り解いて逃げた徹は、一人一人の名を呼びながら全員と挨拶を交わす。
めったに顔をあわせることがないからこそ、それぞれの顔には心からの笑顔が浮かんでいた。

「青は遅れるから先に始めといてくれってさ。まだあっちの問題が片付いていないから、やること多いみたいでね。とりあえず、今『ここ』に『来れる』のは揃ったのかな」
「そうだね。じゃ、お言葉に甘えて始めさせてもらおうか」

雰囲気を楽しもうと、芝生の上にござが敷かれていた。
その上には花見に必要な料理や酒、菓子類などが並べられている。
それぞれが好きな場所に陣取り、酒や茶の入ったコップを持つ。

「花見の開始だ、楽しもう」

女の言葉と共に、乾杯が行われた。
賑やかに時間が過ぎていく。

女は、参加者たちを眺めて思う。
いつかここにレイも加われたら良いと。
だが、今はまだ早い。
まだ、無理だ。

レイが加わるためには。
そのためには……。

「クリアしてもらわなきゃいけない課題が、まだまだ沢山ある」

呟きを拾ったのか、ロストが顔を上げた。
あれだけでは何のことかわからないだろう呟きを、それでも彼は理解したようだった。
海色の瞳に、複雑な光を浮かべて頷いた。



いつかきっと。
みんなで桜を見よう。

いつか。

……いつかきっと。