月へ

月に照らされ、蒼く光る雪原。
銀の髪を雪と同じ色に染め、寒気に白くけぶる息を吐きながら。
レイはそっと雪を小瓶に詰め込む。

「聖なる夜…ではないけれど、いいよね？」

呟きは白く流れ、拡散した。
 

12月1日。
1年前のこの日、レイは初めてこの世界に触れた。
経験した全ての喜びや悲しみは、全てあの瞬間から始まった。

この1年を振り変える。
苦しくて立ち止まってしまったこともあった。
辛くて目をそむけたこともあった。
けれど。
それ以上の…幸せが、今、ここにある。

目を閉じる。
静寂の中、凪いだ心に浮かぶのは、ただひたすらの感謝。

1年目の日。
1つ年をとるこの日に。
レイはロストから唐突に告げられた。
『月に行く』と……。

理由は、お墓参り。
月で永久に眠り続ける彼女に会いにいく。
レイの母親とも呼べる、その人の元へ。

（月へ…行く…）

それはまだレイにとって漠然としたものでしかなかった。
この1年で経験はそれなりに積んできた。
レベルも上がり、魔力も以前に比べたら安定してきたと、自分でも思う。
それでもまだ、よくわからない。
この大陸からすら出たことのない自分。
小さな島国で育ち、やっといくつかの国を見てきただけの、自分が。
空に輝くあの月へ……本当に辿りつけるのだろうか？

まだ未熟なレイと、失った力を回復しきれていないロスト。
二人の力を合わせても…まだ、怖かった。
だから、レイは、今。
魔力強化と護身のため、力持つ道具で全身をしっかりと固めていた。

耳に『Schatz.』。
首には紅玉の首飾りに『僕の気持ち』を重ねて。
胸に『+Emblem+』。
右の指には『エラン・ヴィタール』、左には『Engage』。
真紅のコート『CrmzoN』の右ポケットに『まじかる☆コイン』。左には『L:Eredita』。

そして今、聖夜の雪を詰めると奇跡がおこるといわれている『wish*snow』に雪を詰め、眠る彼女に見せようと思って持って来た、『山吹色の菓子』『れいりす』『エミールとニコラ』『切り絵』と共に鞄へと仕舞い…幸せを願った『藁細工』は雪にうめた。

これで…事前準備は完了。

ここまでの装備をしたことは今まで無かった。
いや、できなかった…というのが正しい。
……そう、つい先日まで。
これらはレイの手元になかった品々なのだ。
一日で揃った全てを持って、月へ向かう瞬間を待っていた。

丸い月を見上げているレイの元に、ロストがゆっくりと歩いて来る。
合流したロストの手には、これだけは自分が持って行くと言い張った『月見想』。
レイとはまた別の感慨を持って、ロストは月の光を辿る。

頷きあい、二人は言葉を紡ぐ。
月へと繋がる門を作るため。
身を守る品々が、ほんの少し温かみを増した気がした…。