桜の若木

鏡を見ながら、おかしなところが無いかをしっかりと確認する。

もう、どれくらいそうしているだろうか。
彼から送られた着物を着込み、髪を上げて。
何度も何度もチェックする。
最初は慣れなかった着物も、最近ではきちんと着こなせるようにはなっていた。
それでも今日は、いつも以上に気合を入れて身支度をした。

レイたちが暮らす土地は常春のメイマイ。
リビングのカーテンを開ければ、レイが好んで植えた桜はとうに満開だ。
それほど大きな木ではない。
まだ若いと言える桜だ。幹も細く、高さもそれほどではない。
けれど精一杯につけた薄紅の花びらが、家からの明かりを反射して浮かび上がる様はとても見事で美しかった。
その美しさにしばし見惚れてから、最後にもう一度だけ鏡を覗き込む。

うん、問題ない。

着ているのはレイにとって大切な……特別な着物。
それに包まれると、不思議と気分が落ち着く。
この美しい民族衣装には、そういう効果があるのかもしれない。

しっかりと着込んで、レイは自室を出た。



「花見を、しませんか？」

同じ家で暮らす恋人へと、喉に良いといわれる花梨酒を出しながらそう提案する。

「花見か。それはいいね。出かけるかい？」

彼がそういうのを、レイは首を横に振って否定する。
確かに、花見をするには、桜並木や群生地を思い浮かべる。
けれど別にそこまで大掛かりではなくていいのだ。

桜なら、家からでも見れるのだから。
まだ若い桜でもいい。
二人の住む家……そこで共に生き、この先も見続けるだろう、この桜だからこそ。
いま、ここで、花見をしたかった。

「うちのお酒やお菓子でも、楽しめるでしょう？」

レモンスコーン、アップルパイ、生姜の赤ワイン煮、金柑の蜂蜜煮などを、テーブルに並べて。
それらはすべて、体に良さそうな食材を使ったお菓子。
お薬代わりにと用意したものだけど、普段でも食べられるほどには、充分においしい。

「ささやかな花見ではありますけど……良いでしょうか？」
「嫌だという理由がどこにあるんだい？」

問いかけに、彼もまた問いで答える。

「ありがとう」

知らず微笑み、するりと感謝の言葉が滑り出た。
その言葉に、今度は彼が首を振った。

「私もその方がいい。この桜とは長い付き合いになるだろうから」

レイもまた理解する。
彼が自分と同じことを望んでくれているのだと。
まだ若い桜。
いつかこの桜も立派に成長するだろう。
そのときも二人でこの桜を見ている……そんな未来を。

「今回はあまりムロマチ風の料理を用意できませんでしたが……来年の花見にはそれなりのものを用意したいので……ムロマチ料理、教えてくださいますか？」
「もちろん。…なんなら次は私が作ろうか？」
「ほむ……私よりきっとおいしくて立派な料理が並びますね。そのほうが良いかもです」

笑いながら頷く。
宿屋で毎日料理を振舞っていた相手に、料理の腕も知識も適うものではない。
それならば素直に甘えるのも手だ。

桜を主とした花見は今年はこれっきりかもしれない。
けれど、二人でいれば、ちょっとしたパーティならいつでも開けるだろう。

そのときはまたこの着物で……。
袖口を撫でながら、風の噂で聞いたことを思い出す。

これを手に入れるため、彼が頑張ってくれた事実。
ツテを頼り、対価を払い、わざわざ取り寄せてくれた一点物。
それは、レイの……自分の望みを叶えるという、ただそれだけののために。
こんな幸せなことがあるだろうか。

「……我侭で甘えん坊な私だけど、これからも、よろしくお願いします」

そう言ってそっと頭を下げる。
対する答えは、とても優しい笑顔だった。