君が傍にいてくれれば

忘れてない。
彼女が眠った日のこと。

忘れてない。
ただ一人、月を見上げた日のこと。

忘れてない。
この呼び声に君が応えてくれた日のこと……

男は過去の想いに囚われて生きてきた。

夢ならば今すぐに醒めてくれ。
何度願ったことだろう。
凍えた夜風に身を任せ、消えてしまいたいと願った。
彼女のいない世界などに意味はないと。
いっそ全て壊してしまおうかとも思った。

なんて我侭で理不尽な。
けれど偽りのない想い。

心があるから喜んで。
心があるから悲しんで。
心があるから。

……モウ彼女ハ居ナイノニ……

凍えた風が涙を浚う。
あの日の痛みは今もその胸から消えていない。

それでも。

「やっと…会えたね」

今、男の目の前で笑う少女は。
彼との再会を心から喜んで、暖かい涙を零す。
彼と同じ顔の中、唯一彼女から受け継いだ瞳で。

だから、彼も頷いた。

「やっと会えた。お前が成長したから…その力で呼んでくれたから。…さぁ、契約を」

召喚士と、幻獣。
少女は前者、彼は後者だ。
契約を結ぶことにより、その繋がりを強固に、確実なものにできる。
ただこの少女のためだけに、この世界に存在することが許される。
少女を……レイを、主として。

一度は憎んだこの世界。
けれど君がその瞳で、この世界を見続けるならば。
繋いだばかりのこの手が、離れないでいられるのならば。

レイ。彼と彼女の娘。
……この子が傍にいるならば。

「一人にして悪かった。…色んな話をしよう。急がずに、ゆっくりと…。時間はまだまだたっぷりとある」

共にいるから。
もう置いていったりはしないから。

「まずは何が聞きたい？」

問いかけに、レイは少しだけ考え、呼び名はどうしたら良いのかと聞いた。
同じ名前の二人。では、どう呼べば良いのかと。

なるほど当然の質問かもしれない。
頷き、『ならば父とでも』……そう答えようとして、ふと思いとどまった。
真紅の瞳が自分を見返す。
理由は特に見あたらない。
それでも、彼は代わりの呼び名を探した。

「では…ロストと…」

ロスト…lost。
希望と絶望を込めたその名。
そこに込められた意味の半分は、レイにはわからなかっただろうけれど。
そしてまた彼自身もまた、その全てを理解してはいなかったけれど。

この日から彼はロストとなった。
その背に十字架を背負いながら……。



過去の記憶は呪縛となり、解けることなく彼を縛り続ける。